ボクがレースデビューしたのは22歳のとき。まぁ、このときは金もなかったし、遊びって感じだった。富士フレッシュマンのスターレット。大学で自動車部にいて、それなりには速かったから、なんとかなるだろうと思ってたけど・・・甘かった。
予選はタイムアタック。どのラインを走ればタイムが出るのかわからず、結果は24位。ところが決勝は、前を走っているマシンについていけばいいから走りやすい。ラップタイムも予選のベストよりも2秒以上も速く、なんと3位でチェッカー。最終戦にも出て、ポールtoウィン。
これでレースの面白さを知ることになったんだけど、先立つものがねぇ。ボクはそんなに裕福な家庭でもないし、このまま続けようかどうしようか? 悩んでいたときにプリンス東京から声がかかり、スカイラインのRSターボで参戦。チャンピオンに輝き、東名からグループAのスカイラインに乗れるチャンスがきてね。F3のテストをさせてもらったりして、とにかく楽しかった。
でも、すべてが順調だったわけじゃない。チームに利用されたり、ときにはだまされることもあったりしてね。もうレースをやめてやろうか、と思うときがあったのも事実。それでも乗り切れたからこそ、今の自分があるんだと思う。
スーパー耐久で初めてエボのステアリングを握ったのは98年の十勝ラウンド。ボクが乗っていたスカイラインが十勝に出なかったため、助っ人要因として声がかかり、乗せてもらうことになったのだ。
99年の開幕戦から、正式にエボで参戦。そこからは中谷選手とふたりで今日までチャンピオンを目指してきた。2007年も同じタッグで参戦するので、応援、よろしく頼むよ!
ランエボマガジンVol.28より抜粋
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